Autobiography

IORI KIKUCHI

Chapter 3 Art and I / You and I

表現の世界に足を踏み入れたきっかけは、親友の存在があったからである。彼の眩しい姿に憧れて追いかけた。そして、自分の表現を通してたくさんの人たちと出会った。

アートとの出会い

私を絵描きの世界に引きずり込んでくれた人がいる。それは印象派の巨匠「クロード・モネ」である。10歳くらい時に小学校のポスターコンクールで入賞したり、絵で人に認めてもらえることが小学生なりにとても嬉しく、私の表現の世界はここかもしれないと思い始めていた。また私はその頃、ゲーム機のDSのアプリで「絵心教室」というソフトでよく絵を学んでいた。美術史などを簡単に説明してくれたり、絵の書き方や色について学べる本格的なゲームであった。そこで一枚の絵に惚れ込んでしまった。「印象・日の出」という作品だ。その時は、その絵がモネの作品であることも覚えず、ただその絵に惚れ込んだ。何か彼らの持っている個性や才能に惚れ込んだ。子供ながらに直感的に「これが好きだ!」と思った。

同時にこのゲームを通して、画家という職業があることも知った。それから、モネがどうやって画家になったのかということに興味を持ち始めた。調べてみると、モネが有名な画家だということを後から知った。印象派というジャンルの画家で、私が惚れたこの絵がその印象派という名前のきっかけになった。彼の絵が今までの歴史を塗り替えるパワーを持っていたことを知り、彼の絵と彼自身もより好きになった。アーティストってどこかクレイジーなイメージある。だが、私が知る上では、モネは、恋をして、家庭を持ち、大好きな絵で功績を残した。私は、ただアーティストになりたいと思っていたが、モネを知ってからより、モネのように、愛する人がいて、プロとして絵で食べていけるようになりたいと思うようになった。モネに憧れ、絵を本格的に学んだ。はじめに子供絵画教室に行ってみた。だが、幼稚園児ばかりですっごくつまんなかった。とにかくスキルを磨きたかった。そこで見つけたのがカルチャーセンター。定年後の高齢者が通う水彩画教室にいくことにした。周りの生徒さんの平均年齢は75歳くらい。12歳で学んでる子は私だけ。老人たちの趣味の範囲の絵がプロのように上手くてびっくりした。先生も東京藝大を出た現役の画家。先生は大人と同様に私に絵の技術を教えてくれた。その環境が大好きで、隔週の日曜日にレッスンがいつも楽しみだった。中学3年間本格的に絵の書き方を学ぶことができた。

モネはフランス人でパリの大学を出ていたので、私もモネと同じ大学でモネが学んだことを学びたいと思い、フランス語が習える高校を決めて、進学した。その後、高校1年の春に初めてフランスにいった。その時に初めてモネのあの絵を見ることができた。「印象・日の出」を生で見ることができた。感動して涙が出た。気付いたら涙が止まらず、警備員に支えられ休憩所へ連れてかれた。そのくらい絵を見て、心が動いた。ゲーム上でみた画面上で見てたものとは全然違う、光があった。絵を見て涙が出るなんて初めての経験だった。自分でも驚いた。

結局フランスの大学には進まず、ニューヨークの美大に進学した。そしてたくさんの現役のアーティストも巨匠たちを美術史で学んだ。だが今でも、モネが私の憧れである。彼のような絵をかけたらと思う。この表現の世界は一期一会という言葉がぴったりだ。止まっているところが一つも無いのだ。常に何かが動いている中で、一瞬かも、一生かもしれない出会いや想いを次々となぞった日々。思い返すたびに、なんて濃い日々だろう、と思う。他にも描き切れないくらいの出会いが、海外経験を通して、モネを通してあった。

まだまだ表現の世界で生きていきたい。何かを表現するこの世界に出会えて本当によかった。世界のどこかで、それぞれの時間を生きている。かつてアートを通して出会った人たち。またいつか一緒に仕事をするかもしれないし、もう会うことはないかもしれない。そのくらい世界は狭くて、また、広いだろう。

アートと私

日々スマホを見ている。ミレニアム世代だ。その画面の枠がいつも気になる。「私はこの内側に行くことができないのだ。」そしてそれは絵にだって当てはまるはずだと気づいた。そこで思い出したのはあのモネのことだった。

昔から私はモネが好きだ。しかし、「モネが好き」ということに違和感をいつも覚える。彼の作品は時期によって作品は違う。でもどうしても「モネが好き」とひとまとめにして言ってしまう。彼の絵をそれぞれ区別してほぼすべて網羅しているくらい好きだが、そんなことよりもただ、モネがきっと見ていた世界そのものが好きだった。その世界を見つめていた彼の瞳にあこがれていた。毎回きっとこう伝えるべきなのだ。

彼の描く景色は、いつも光が物資と混ざり合ってできている。光なしで私たちが何かを見ることなど決してできない。美しさとは、光によって作られているのだ。その眩しさに目を細め、瞬きを混ぜながらでしか景色を見つめることはできない。この現実を、モネの絵は思い出させてくれる。美しさというものが、眩しいものであるということを、誰よりも知っているのがモネの瞳なのかもしれない。だからこそモネの視界そのものが私は好きなのだろう。だから彼の絵が四角であることを「どうして」と思ったことも「狭い」と思ったこともなかった。私は最初から四角い枠をみてはいなかった。

四角は窓みたいである。例えば美術館の入り口から、作品が並んでいるのを眺めた時、そこから別世界を覗くような感覚になる。枠があってこそ、その絵があり、「別世界」があるのだという感覚。けれど実際のところ、枠は媒介するものでしかない。別世界を、別世界の内側から見つめている誰かの瞳を借りるための媒体でしかない。絵を愛すれば愛するほど、「絵」という輪郭が必要でなくなる。瞳が次第に遠くの画家の瞳とつながっていく。

画家。彼らが生み出す作品は眩しくて、美しい。だが実際に作品はそれほど眩しくない。作品を観賞後、瞳の中に光が溢れている。さっき見たモネの絵は本当に眩しく美しかったと、見終わってから思い直す。光の中に飛び込んでいくような、そんな涼しさが絵を見た後、体に残る。

モネの庭に行ったとき、モネが暮らしていた場所を歩く間、現実よりずっと絵の中にある景色が、綺麗だと思った。人間がいた温かみが感じられた。正確に言えば、「あの絵を見た時、モネはきっとここにいたのだろうと想像していた時の、その場所の方が綺麗だった。」その場所は、もしかしたらモネの前にもなかったのかもしれない。モネの頭の中にしかない風景であるのかもしれない。絵を見るという価値は、そこにこそあると思う。私は私の中に、私にも、ましてやモネにも見つけられない、この世にはない私だけの景色を見つける。

あなたと私

幸福であろうが、何かを忘れる瞬間があろうが、人それぞれ、ひとりで、ひとりの時間を生きている。「みんな」なんていない。「世界」と聞こえても、振り向く人はいない。

私は絵を描く。つくる。言葉を発する。説明する。だが、言葉が本当に通じ合うことなんてない。これは絵も同じである。絵が多くの人の心をつなげることなどない。絵は通じないものである。それぞれの人が、これまでの人生、経験、環境を通して、一つ一つの絵の意味を捉えていて、だから共通の意味なんて存在しない。何かを伝えようとして、見ようとして、思いをはせることはできる。目の前の人が、本当に伝えたいことを完全に理解することなんて、それはできない。でもそれが人を、一人のままでも息ができるようにしているのかもしれない。ひとりきりでいい。「みんな」という言葉が語る幸せに、溶け込もうとなどしなくていい。そうやって、自分が「ひとり」であることを、否定する必要なんてない。

絵描きを始める動機が、メッセージであったり、意味であってもいいとは思う。なぜならば、始まりはどうであっても、それは、どうしようもなく最初の一コマに過ぎず、遠くへ追いやられる。ただ私にとって、絵というのは、メッセージを伝える手段ではない、と言い切りたい。本当にメッセージを伝えたければ、紙にでも書けばいい。メッセージの伝達が目的だとするなら、絵は「その途中の役者」になる。そうではなくて、私は絵を最終目的にしたい。あなたが私の絵の前に現れることで、たった一つのあなたのための椅子が埋まるように、絵の前であなたが「あなた」に会えるように、私はつくる。

ここに書いた言葉も全部嘘かもしれない。伝えたいのかも分からなくなってきた。ただこれだけはわかる。あなたの目に私の絵がうつることを、私は幸福に思う。あなたが見ている作品から何かを引き出そうと、目を細めている姿や、笑顔で明るくなったり、涙で顔を伏せたりしている姿を見ると、私の絵はあなたに何か意味があると実感する。あなたが 「あなた」に出会えたのだ。