Autobiography

IORI KIKUCHI

Chapter 2 My Art and Its Goals

自分のアートから伝えたいことは何か、私にとってアーティストとしての成功とは何か。私は今この時代を生きた私だから作れるものをつくりたい。この時代で私だから作りたいものは、「リアル」である。

リアル

何かをつくりだす行為は、とても時間がかかり、体力もいる。だが、愛がその何十倍も詰まっている。だから、とてもかけがえのないものになる。誰かを喜ばせたり、誰かの心を動かしたり、誰かの癒しになったり、もしくは世界を変える力さえも宿る。Artは言葉を越える力も持つもので文化の違いを超えて、相互理解を促す最良の手段だと思う。誰かと関われるこの表現の世界が私は大好きである。

だが、描かねば完成しないが、描けば描くほど裏切られていく。これが絵だと思う。ただ絵が上手い子ぐらいの描写力が私にはある。美大生として当然とでも言おうか。技術があって描く絵は、絵であるが絵ではないのだ。この頭の中にあるイメージを、そのまま絵にすることができたら、物凄いものができる。だが、その脳内イメージも時に曖昧な状態である。絵に描いた瞬間、または、見た世界をトレースした瞬間、それは絵ではないのだ。絵にすることで、目の前に広がる「リアル」から離れているのだ。それでも、絵描きには主導権がある。絵描きは、その場の空気、自分がそこに立っていることを実感できる。

そこで私はいつか「リアル」を描ける画家になりたいと思う。これが描ける頃には美術史に名が残るくらいだろう。有名な巨匠たちも描けていないことだと思う。生きているまでに描きたいと思う。実態のわからない「リアル」を形にできる日が来れば、自分でも、他人にも、訳のわからないものが現れてしまうだろうが、真の絵描きになれる気がする。描ける日が来ることを祈る。

稀(まれ)

脳内イメージや理想像を描けば描くほど、目の前の絵がそれを裏切っていく。でも、そこからしか生まれないものが確かにある。絵を描くということは、なんと寄る辺なく、果てしない営みであるのか。

アイルランド人の詩人、Oscar Wildeの言葉がある。「生きるとは、この世でいちばん稀なことだ。たいていの人は、ただ存在しているだけである。 」毎日、私は周りの「美」を感じる。だが、うまく言語化できない。言語化するというのは母国語でするのか第二外国語で表すべきか、そこから悩みが始まる。それを考える前に感じる「美」を「想い」を表現したいと思う。この「表現したい」という気持ちが私に筆を取らせる。それはきっと、伝えたいという気持ちと、残したいという気持ちがあるからだ。私は目を大きく見開き、たいていは見過ごしてしまう「美しさ」を見ようとする。毎日は「色」と「不思議」に満ちている。結果として、私は自分自身がただ存在しているとは感じない。この表現したいという気持ちを持つ時、私は生きていると思う。したがってWilde氏の言葉によれば、私は稀な存在に違いない。1日1日が、どんなに退屈な日であったとしても毎日は意味があると信じている。「美しい」あるいは「おもしろい」と思うことがひとつだけしかなくても、それは私にとっては不思議なことである。しかし、この世では美しさの裏には、同時に恐ろしい「醜さ」があることをわかっている。

私はこの世の「美」と「醜さ」を無視したくない。生きているなら、ただ存在する人間になりたくない。そのためthink wide openと日々何かに気付いて、誰かに伝えたくなるのだろう。何があっても自分を信じて、存在するだけではなく、今を生きているからこそ、自分の物語を書き続けたいと思う。自分が美しいと思うこと、面白いと思うことが一つだけあるとしたら、それもう奇跡だと思う。意味もなくただ存在しているだけの、状態にはなりたくないからこそ、毎日何かに気付き、誰かに伝えたいと思いながら、心を開いて考える。

アーティストとして沢山のものを丁寧に見たい、そして考えて、表現したい。誰かとアートを通して関わりたい。なぜなら、私達は「今」を生きていて、ただ存在しているだけではないから。自分がここにいるって叫べる方法が、アートだ。どんな芸術も、まずそこにあるものは自分自身。自分の中に湧き上がってくる思いを表現することで、自分に生きる喜びを与え、自分を豊かにするということが、芸術の基本だと思う。そして次に周りの愛する人たちを自分の作品や芸術的行為で豊かにすることができて、そして深く広く考え努力し、見知らぬ他人をも自分の芸術性によって豊かにすることができるのが芸術家だと思う。それは私の理想である。私は絵を描き続けたい。つくり続けたい。誰かと自分の絵の前で空間を共有したい。

アーティストとしてのゴール

「どうやって描くんだろう?」「この人はなんでこういう色でかけるんだろう?」「何を伝えたいんだろう?」など通り下がってみただけでも、アーティストとは、様々な疑問や絵を見る時間を他者に与えられる作品を作れる。アーティストとは、忙しい日々を生きる人たちに、絵を見るっていう単純なゆとりある時間を与えることができる。アーティストとは、絵で視覚的に頭の中に焼き付いた想いを残しておける。アーティストとは絵を通してたくさんの人に会える。アーティストとは、時代に人に寄り添っていて、その人がその時代で作らなきゃ完結しない作品を作る。私にとってのアーティストとしてのゴールは以上の例のようなアーティストになること。生きていれば傷なんて何年かしたら治るし、記憶も薄れていく。その「リアル」を、嘘をつかずに表現できる人になりたい。「リアル」を感じて愛せる人になりたい。